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まちのリビング

実家にいる時は、

自分の部屋よりも、リビングにいる時間が長かったように思う。

テレビを流し聞きしながら、勉強したり、スマホいじったり、

何を意図するでもなく滞在していた。

 

リビングでは、なんとなく家族が集まり、同じ時間を過ごしながら

それぞれが好きなことをする。

 

父はテレビを見ながらパソコンして、

母は明日の予定を確認して。

(そういえば弟は、結構自分の部屋にいたなあ。何してたんだか)

 

なんでもないけれど、日常的な良い時間が流れてたな〜と今になって思い、

ああいう場所って無いものかと探すことがある。

 

お気に入りのカフェやご飯屋、バーなんかにも行ってみるが、

なんか違う。

 

 

食べる・飲む・話す・・・など、

それぞれの、場所が持つ目的が明確すぎる。

 

リビングは、もっと何の目的も意識もなく、

なんとなく一時的に立ち止まる場所なのだ。

 

色々と行ってみて、一番近いと思ったのは、

ゲストハウスの “ラウンジ”。

 

旅の合間、おしゃべり、作業、なんとなく時間つぶし、面白い人に会えるかも、英語を話す機会があるかも・・・

別の文脈を持った人たちがそこに集い、

同じ時間を過ごしながら、それぞれしたいことをする。

(または、何もせず時間を過ごす)

 

リビングやラウンジに共通するのは、一時的な止まり木性。

たまたま、そこが安定して止まりやすかった、

陽が当たっていて気持ちよかった、

風がぬけていた、

だから、無意識にそこに集まってきた。

 

「よし行くぞ!」「これをするぞ!」と意気込んで集まるのではなく、

なんとなく足が運ぶ、落ち着く場所であること、

居心地の良さが大切なのだ。

 

 

晴れ間は、街の中のリビングみたいだな、と思うことがよくある。

 

集まる機会として、イベントと称したものを企画してはいるが、

もっと自然に集まればいいのだ。

 

仕事終わりに一旦帰ってジャージに着替えてきて、

一緒にご飯たべて、風呂入りたい人は銭湯いったり、晴れ間のシャワー使ってもらって、

ぼちぼち寝るわーって時になったら、

家に帰ってもいいし、2階で寝てもいいし。

 

これぞ家族。

シェアハウス。という感じだ。

 

 

先週は、公私ともに、色々とハードな1週間だった。

 

そのせいでかえってギアがマックスから抜けなくなり、

1人でぐだっと夜を過ごすよりはと、

夜な夜な、晴れ間で まさとさんと晴れ間の今後について話しながら、

そんなことを考えていた。

 

全然関係ないんだけど、

そろそろ、七輪しませんか?

 

 

 

さだっち