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「変」と「多様性」と「晴れ間の魅力」

「変人類学研究所」というのがありまして。

 

 

「変」考:「変」の存在と所在に関する試論(前編)

「変」考:「変」の存在と所在に関する試論(後編)

 

 というコラム(?)を読んだ時に、「変≒多数派でない≒多様性への涵養さ≒集団としての面白さ」ってことじゃないかなと思いました。

 

それは、晴れ間の中の話でもあり、岡山の中の晴れ間、日本の中の岡山・・・

という入れ子状の構造になっていて。

 

 

晴れ間が晴れ間として認識され得るためには、普段の友達の家とは違う友達の家である必要があるわけです。

 

 

晴れ間に来てくださる方からすると、晴れ間に対する認識のベースに「落ち着く」「あたたかい」「気を遣わなくていい」のようないくつか共通する要素があるのだと思っています。

 

 

その魅力の中には、きっと学校や職場にはないような多様な人たちとの出会いも含まれていて、そのレアな属人的要素こそが、「(いい意味で)変≒多数派でない≒多様性への涵養さ≒集団としての面白さ≒晴れ間のまだ可視化されていない魅力」ってことなんじゃないか。

 

 

例えば、おしゃべりは苦手だけど手先の器用な人がいたり、勉強は苦手だけど料理がめちゃめちゃ上手だったり、

個人個人の強みとか得意なことが、そのままぴったりとパズルのように重なるようなコミュニティーづくりが晴れ間で出来るんじゃないか。

 

 

自分の好きな時に自分の好きなことをしているだけで誰かが喜んでくれたり、あるいは誰かに知恵やスキルを借りることで相手のやりがいになったり、お互いに持っているものをシェアして「こんなことできたらいいね」って秘密の作戦を立てたりと、晴れ間ならではのつながりからみんなの可能性や未来の選択肢が広がるような家をつくれるんじゃないか。

 

と、そのようなことを考えてみました。

 

ではでは。

 

まさのり